2015年6月17日 (水)

トリニテ2ndアルバム『月の歴史 Moons』

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『月の歴史 Moons』2015年7月30日リリース

 7月10日トリニテジャパンツアー2015東京公演@ティアラこうとうで先行販売


『月の歴史 Moons』

1、Prologue

2、White Moon

3、Dream Catcher

4、Dies Irae 怒りの日

5、Luna

6、Grunion Dance

7、Moons ふたつの月

8、Mother


Trinite

shezoo(piano)

壷井彰久/TSUBOY Akihisa(Violin)

小森慶子/ KOMORI Keiko(Clarinet,Bass Clarinet)

小林武文/ KOBAYASHI Takefumi(Percussion)



『月の歴史 Moons』は、引き合う月と地球の関係をメタファーにして、誰かと誰かとの関わり方を見守るアルバムです。その「誰か」は、家族でも、恋人でも、友人でも、見ず知らずの人でもかまいません。「月」はあなた自身、わたし自身であり、「歴史」は生きている日々の記憶です。

 

2014年10月 1日 (水)

お知らせ

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昨年からプロデュースを担当したクラシック・アカペラのアウラは、この10月から育ての親であるトエラ・岸さんのもとに戻ることになりました。
私はいちアレンジャーとしてアウラをサポートを致します。
ヴォイスオーケストラとしての魅力に益々磨きをかけたアウラを今後ともよろしくお願い致します!

2013年9月 3日 (火)

卑近であるということ

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否定をされることが、自分のすべてではなくて、それも糸口に建設的に上昇するべきなんだよ。

でも、作曲をする人間にとって、音楽を否定されることは、全面的な自己否定に限りなく近い。

20代の時に言われた『あなたの音楽はだめな音楽』を自分はどうも引きずっているらしい。

どうしてそんなに卑屈なのと聴かれても、ダメな音楽をやっている以上、基本は提供した音楽を演奏して頂く、というすこし離れた関係性でプレイヤーと関わって来た気がする。

それでも音楽が限られた人間だけのものではないと信じて、シニフィアン・シニフィエやマタイのプロジェクトを立ち上げた矢先、ライブという同じ立ち位置にたっていながらも、いつも不安だったわたしに答えを出してくれた人がいる。





              シズさんの音楽が、結果的にステージ上と客席に明らかな
              ヒエラルキーを感じてしまったのは私だけでしょうか。






ありがとう。
そして、さよならわたし。さよなら。   

2013年7月28日 (日)

shezoo unit マタイ受難曲@横濱エアジンに来てくださった方に

復活祭が近づくと毎年必ずヴィース教会へ行ってマタイを聴く。何時間かかろうが、どれほど重きを持った作品であろうが、10代後半をミュンヘンで過ごした私にとってマタイの存在は、ごく当たり前のものでした。

あのとき木造の教会に差し込む光の中で聴いた胸の奥深くに響く音を、限られた人たちだけが独り占めしてよいのか。なんとか、今、自分のまわりにいる人たちと共有できないものか。

シニフィアン・シニフィエが、自分が聴きたかった音を聴きたくて作ったバンドであったように、このマタイ受難曲プロジェクトもまた、そんな恣意的願望から始めたものです。わがままに付き合ってくれた今回のメンバー、場所を提供し協力をしてくださったエアジンとうめもとさん、そしてこのライブのために時間を作ってくださったみなさんに心から感謝します。

 

 


実際にライブをするにあたって作品と向き合ううちに、様々な思いと考察が入り交じり、エヴァンゲリストに伝えてほしい言葉として文章を渡しました。

20130727マタイ@エアジン エヴァンゲリストへのふたつの手紙」

シモーヌ・ヴェイユ「時間への恐怖」から

時間は人間にとってもっとも深刻かつ悲劇的な気がかりである。唯一の悲劇的な気がかりといってもよい。想像しうる悲劇のすべては、時間の経過という感覚をもたらす源泉である。
厳密にいえば、時間は存在しない(限定としての現在はともかく)。にもかかわらず、私たちはこの時間に隷属する。これが人間の条件である。

(ヴェイユは自己否定としての神を語る。キリストの受難もそのように捉えられている。神から最も離れており、神に立ち戻るのは絶対に不可能なほどの地点にある人のもとに、神が人としてやってきて十字架にかかったということは神の自己否定であるという。)

 

ジョージ・オーウェル「1984」から

時は我々が何もしなくても流れていく。

ただじっとしていても、鼓動と血脈があるよう

ただ生きている。

空をみて、雲は早くも遅くも常に

形を変えて彼方へと消えていく。

何一つ、誰一人、

同じ場所(ところ)で、

同じ思いであるということは不可能だろう。

我々は目の前に写しだされた像を見ては

(無垢なき)観念  を見いだす。

それは外から染められた

しかし内に秘めた 姿なき像である。

それは見えているのだが、

見えていないということと同じかもしれない。

見えないということは

見えているということに等しいかもしれない。

永遠ということは悲観的概念であり、

すべては永遠ではない  ことで永遠を渇望する。

それに気づくのか、気がつかないか

過去を支配するものは 未来をも支配し

今を支配するものは 過去をも支配する

 

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そして 

山崎阿弥による朗読 「滝口修造の死」武満徹 



現時点においては昨日の形であり、音楽的なことも含めて、それがどのように変化するのかは自分でもわかりません。いつの日か、全曲を演奏できる瞬間に向けて作品と静かに対話を続けたいと思います。

その時にはまた、一緒に立ち会ってくださいますことを祈っています。

shezoo

 

 

2013年7月20日 (土)

手に入れたもの

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わたしにとってのトリニテは
当初自分のやりたい作品発表の場だった

それが歳月を経て
現在のメンバーになって4年目の今年
もはやただの音楽ユニットではくくれない
もっと大きな存在になった

誰かと一緒に音楽を作るということの意味を
何十年も音楽をやってきて
理解はしていたはずではあっても
間違いなくはじめて感じながら演奏することを経験している

音楽は決して理屈で善し悪しが決まるものではない
好き嫌いとか、懐かしいからとか
そんなこととは関係なく心に響く音楽の存在
予測はできなくても理由がかならずあることを教えられたんだ

生きていく上にまつわるさまざまなこと
嬉しいこと、悲しいこと
こわいものなしのとき、うまくいかないとき
たくさんのことが
ちっぽけな自分の周りを渦のように流れてゆく

油で真っ黒に染まった湾岸戦争の海を渡る鳥に
ゆっくりと津波に呑み込まれていく大槌町の町並みに
頭の中では砂漠の狐が、DiesIraeが鳴っていた


体制に対してたった1票の紙しか与えられていないならば
声をあげられない残りのエネルギーを音に託したい
楽譜に込められた思いはプレイヤーの演奏を通して
何倍にも増幅されて聴く人のもとへ届けられる
そしていつしか、それを人任せにしていた


京都での出来事は感動したからでも感極まってのことでもない
それは、自分が書いたメロディーをどんな状況でも大切に
本当に大切に演奏しているメンバーに対して
何もできていない自分のふがいなさへの自責の念から

もう遅すぎるかもしれない
でもせめて、これから先は一緒に歌っていくことに決めた
あと何回ライブができるのだろう
だれにもわからないことだけれど
自分にできることを全部する
そんな当たり前のことに気づいた



今回のツアーでわたしは
大切なものをたくさん手に入れて
大切なものをひとつ失った
 

2013年7月19日 (金)

5Days『ライブハウスのJ.S.バッハ』 Shezooシズ(pf) unit {マタイ受難曲}@横浜エアジン

普通の人による普通の人のためのバッハマタイ受難曲をやってみる日。




注意)このライブはマタイ受難曲をそのままやるわけではありません。


もし全曲を原曲のまま聴きたいという方にはごめんなさい。これは違います。

普通の歌手が歌うアリアを中心に、マタイの中で語られるテーマをクローズアップしながら、

マタイ受難曲とは何であるかを知ってもらうライブです。


いずれ訪れる全貌へ向けて、今後展開していく様々な切り口からマタイを知るコンテンツへの最初の一歩と位置づけています。

 



5Days『ライブハウスのJ.S.バッハ』@エアジン

2013年7月27(土)  Shezooシズ(pf) unit 普通の歌手による普通の人のためのマタイ受難曲


[編曲、訳・脚本、ピアノ、synth]shezoo

[エヴァンゲリスト]山崎阿弥

[歌手]Coco(Die Milch)/ CHINO/ 松岡恭子 / 輿 美咲

[ソリスト]flute:中瀬香寿子 / violin:Jasmine(DieMilch)

横浜エアジンwww.yokohama-airegin.com  tel.045-641-9191

open19:00live19:30   charge¥2500+drink(¥500)

U23¥1500+D 高¥1000+D 中学生以下ペットも無料(Drikn代¥500のみ)

2013年6月26日 (水)

音楽が博奕だということを理解してもらうために

来月、トリニテはツアーに出発する。

今回の移動は、全員車1台に同乗する。これは困った。私は他人とある一定の時間以上一緒にいることがものすごく苦手だ。しかも車という狭い空間の中というおまけつき。

さてどうしよう。




そんな時、神戸公演のことでネットを検索していたら、偶然以前に書いた自分のブログにたどり着いた。

2011年11月25日 (金) BrilliantNoiseライブ そして砂女


そう、これはビエンナーレ神戸のコンペの一環で展示されていたゼロバイゼロのインスタレーション作品、ブリリアントノイズの中で強行したライブの直後に書いたもの。
今思えば、いいと思うこと、伝えたいと思うことはなにがなんでもやるという、今日の行動パターンの原点となった出来事だった。誰からも頼まれず、期待もされず、ギャラも交通費も出されず、特別な理由もみつけられないまま、何かに突き動かされるように神戸に向かい、ブリリアントノイズのもとで、たまたまそこを訪れた人たちと暗闇の中、時間と空間を共有した。

そして音楽を糸電話にして話をしたんだと思う。




あれから一年半がたった。
あの時なぜインスタレーション作品の中で音楽を演奏をすることに惹き付けられたのだろう。


wikipediaによれば、インスタレーションとは「場所や空間全体を作品として体験させる芸術」とある。
そう、ライブへ足を運ぶ、音楽を聴きにいくという行為は、好きな時間にたったひとりで好きな音楽を楽しむのではない。あえていやな思いをするかもしれない場所や空間へ出かけていって、外れるかもしれない音楽を聴きにいくということなんだ。

そこには知らない人の目があって、見なれない椅子と親切ではない空気、グラスの触れる音や誰かの話し声も聞こえる。インスタレーション作品の作家が空間を体験することで何かを問いかけ、考えることを促すように、ライブをすること、それ自体がその場に居合わせた人たちと共に体験するインスタレーションであり、その空間こそが音楽を送り出す側と受け手が相互に語りあえる対話の場なのだ。



自分が感動したこと、悲しいこと、嬉しいこと、いや、もっと小さなきっかけでもなんでもいい。

思いを伝えるために作曲をする。

一方的にどなっても、誰にも聞こえないように口ごもっても、伝わりはしない。伝えるためには対話をしなければならないのだ。



ずいぶん長い間音楽に携わって来たつもりでも、ライブという場での演奏を怠けて来た自分が、なぜ作曲して録音するだけではだめなのか、なぜ聴く人たちのいる場所で演奏をしなければいけないのか、この出来事は、その答えを教えてくれた。

そして今日。この動画と出会う。

それから自分のページにシェアした。

「普段から、音楽は時間に支配されている表現方法であるということを感じているけれど、音楽は対話であり、対話こそ時間をかけるものである、だからこそここに音楽があって、時間をかけてこそ意味があるということ。」

 

人が苦手で自分を嫌いな人間が、人と対話を試みる。
ずっとやってこなかったんだから、最初からうまくいくはずもない。
試行錯誤を繰り返して、少しずつ対話ができるようになりますように。





                                 トリニテJapanツアー2013

2013年6月23日 (日)

20130629シニフィアン・シニフィエ@インエフ

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現代音楽なんて聴くと、ちょっとと腰がひけてしまう…。
でも気づかないまま、普段耳にしている曲の中に、意外とまぎれているものも少なくありません。

「2001年宇宙の旅」、「ピアノレッスン」、
映画の中では数多くの現代音楽がサントラとして使われています。

こわくなければお化け屋敷ではない。
こわくてもホラー映画を見たくなることもあるはず。
こわいといわれる現代音楽は、残念ながらそこまではこわくないかも。
でもあえて、こわくないとは明言しません。

懐かしいあの曲ではないけれど、そこには現代に生きるわたしたちに様々な映像を見せてくれる。
そしていろいろなことを静かに思い起こさせてくれる音楽がきっとあります。

それを確かめにいきましょう。
わたしたちは、そんな作品を、さらに普段使いで演奏してあなたの側にお届けします。

シニフィアン・シニフィエ~現代音楽をカバーするライブ

6/29(土) LIVE・シニフィアン・シニフィエ
shezoo(piano)、壷井彰久(violin)、小森慶子(clarinet)、大石俊太郎(sax,fl)、水谷浩章(bass)
大泉学園・インエフ 03-3925-6967 
20時開演
charge: 3,000円(+オーダー)






                                photo:坂中雄紀

2013年6月 2日 (日)

ひまとたいくつは違う

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音楽が時間に支配されている以上、音楽を聴いてもらうということは、その人の時間をもらうということである。

人生は有限のものであるから、その中の大切な一部を見ず知らずの私のために切り取って下さい、と言えるのか。
音楽は心を豊かにするから、なくてはならないものだから、痛みをいやしてくれるものだから、好きだから、そんな面倒なことを考えること自体が無意味であるし、そんなことを考えているような音楽ならよけい聴きたくなくなると言われる。
でもそんな特効薬のような存在の音楽は、その人にとっての薬となるのであって、ひとたび自分には合わない薬を飲まされたとしたならば、どうなるのか。逆効果になって、毒と化してはしまわないのか。
だからといって、自分を否定して自分に反する音楽を作ることなんて、もっと意味がない。

多様化した現代において、誰もが音楽を発信する権利を有し、行われるライブの数は半端でない。プロと言われる人の音楽がすぐれているわけでも、優れている音楽がいい音楽でも、いい音楽が自分が必要としている音楽でもないとしたならば、わたしはいったいどう音楽と向き合っていけばいいのか。
そんなにマーケットの大きな音楽じゃないんだから、やれるときにやって、聴きたい人が聴きにくればいいじゃない、という意見はもっともだし、それ以上考えることも語ることも所詮大海に一石を投じるだけにすぎない。そんなことはよくわかっている。

音楽は博打だ。最後の最後まで、つまり聴き終えるまでは天国か地獄かわからない。
博打なんだから外れても仕方がないと割り切っているならば、ジャケ買いして外れても、付き合いでいくライブで自分にはつまらない音楽を聴かされて無駄に時間を費やしたところで文句はいうまい。
そして商品のパッケージを全部開けて中身を確かめることはできないのだから、まだふたの開いていない商品の中に、自分が求めている音楽があったとしても。そのふたを開けることのできないまま、一生を終える。
そんなことだけでいいのか。もっと何かできないのか。


シモーヌ・ヴェイユ「時間への恐怖」から
時間は人間にとってもっとも深刻かつ悲劇的な気がかりである。唯一の悲劇的な気がかりといってもよい。想像しうる悲劇のすべては、時間の経過という感覚をもたらす源泉である。
厳密にいえば、時間は存在しない(限定としての現在はともかく)。にもかかわらず、私たちはこの時間に隷属する。これが人間の条件である。


その時間に従属する音楽は人を幸せにし、さらにその音楽に従属する私は時間と音楽の狭間で立ち往生したり右往左往する。






あとがき
ものすごく混沌とした頭で書いている文章なので、後で読んだらいたたまれなくなってすぐに消しちゃうと思う。
ま、読んでいる人もいないだろうからいいや。

2013年4月26日 (金)

the very voice of silence

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ずっと長い間、音楽といい加減につきあってきた自分にとって
音楽と真摯に向き合っている黒田さんは眩しい存在であり
いつもすごいなあ、すばらしいなあと思ってきた

その気持ちはこのアルバムを聴いた今も変わらないし
自分に厳しく奏でられるひとつひとつの音が
彼女のものすごさを語っている


黒田さんにとって音楽とは
どんな存在なのか
生きている証、自分、そのものなんだろうか

めんどくさいとか、いい加減でいいやとか
そんなことを考えて弾いちゃったことはないんだろうか


もしかしたらあったのかもしれない

あんなこともそんなことも
すべてが自分であり、それが音楽だとしたら
それが黒田京子の世界なんだ
そう教えてくれたアルバムなんだと思う



途中でふっと流れた涙を
だめ、shezooちゃん、泣いたらだめ
そう諌められてアルバムは終わるんだけど
聴き終わった後に、なんともいえない嬉しい気持ちになる






追記:
「このアルバムは、私がピアノの無垢な響きを精一杯作り、音楽家・黒田京子が音を紡いだ記録である。」
黒田さんの活動に随所で携わってきた調律の辻さんは
ライナーノーツに、こう綴っている

音楽は決して夢の世界を演出するだけのものではなくて
人と人との思いを描くドキュメントであり
まさしく記録なんだ

あー黒田京子はやっぱりすごい








                   黒田京子 『沈黙の声 the very voice of silence』
                  

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