シニフィアン・シニフィエ4/29@インエフのフライヤーは、トリニテ5/10@新世界と同じく
写真家の坂中雄紀さんの作品をもとにデザインされた。
はじめてあったときの言葉は
何もないところ いいです
だった。
最初は気づかなかったけれど
彼はわたしのブログのことを言っていた。
そう言われて
改めて読み返す。
人に与えられた何かを確かめに行くのではなく、自分が行きたいところで時間を過ごす。
何もなくていい。何もないところで、もし自分が何か見つけたとしたならば、それはそれで嬉しかったりする。たとえ見つからなくても、何もなくても、そこで過ごした時間は自分の中に残る。
そして彼の作品を見て
その言葉がなにを意味していたのか
少しわかったような
写真がうつしだすもの。
音楽が時間に支配されている以上、音楽を聴いてもらうということは、その人の時間をもらうということである。
人生は有限のものであるから、その中の大切な一部を見ず知らずの私のために切り取って下さい、と言えるのか。
音楽は心を豊かにするから、なくてはならないものだから、痛みをいやしてくれるものだから、好きだから、そんな面倒なことを考えること自体が無意味であるし、そんなことを考えているような音楽ならよけい聴きたくなくなると言われる。
でもそんな特効薬のような存在の音楽は、その人にとっての薬となるのであって、ひとたび自分には合わない薬を飲まされたとしたならば、どうなるのか。逆効果になって、毒と化してはしまわないのか。
だからといって、自分を否定して自分に反する音楽を作ることなんて、もっと意味がない。
多様化した現代において、誰もが音楽を発信する権利を有し、行われるライブの数は半端でない。プロと言われる人の音楽がすぐれているわけでも、優れている音楽がいい音楽でも、いい音楽が自分が必要としている音楽でもないとしたならば、わたしはいったいどう音楽と向き合っていけばいいのか。
そんなにマーケットの大きな音楽じゃないんだから、やれるときにやって、聴きたい人が聴きにくればいいじゃない、という意見はもっともだし、それ以上考えることも語ることも所詮大海に一石を投じるだけにすぎない。そんなことはよくわかっている。
音楽は博打だ。最後の最後まで、つまり聴き終えるまでは天国か地獄かわからない。
博打なんだから外れても仕方がないと割り切っているならば、ジャケ買いして外れても、付き合いでいくライブで自分にはつまらない音楽を聴かされて無駄に時間を費やしたところで文句はいうまい。
そして商品のパッケージを全部開けて中身を確かめることはできないのだから、まだふたの開いていない商品の中に、自分が求めている音楽があったとしても。そのふたを開けることのできないまま、一生を終える。
そんなことだけでいいのか。もっと何かできないのか。
シモーヌ・ヴェイユ「時間への恐怖」から
時間は人間にとってもっとも深刻かつ悲劇的な気がかりである。唯一の悲劇的な気がかりといってもよい。想像しうる悲劇のすべては、時間の経過という感覚をもたらす源泉である。
厳密にいえば、時間は存在しない(限定としての現在はともかく)。にもかかわらず、私たちはこの時間に隷属する。これが人間の条件である。
その時間に従属する音楽は人を幸せにし、さらにその音楽に従属する私は時間と音楽の狭間で立ち往生したり右往左往する。
あとがき
ものすごく混沌とした頭で書いている文章なので、後で読んだらいたたまれなくなってすぐに消しちゃうと思う。
ま、読んでいる人もいないだろうからいいや。
ずっと長い間、音楽といい加減につきあってきた自分にとって
音楽と真摯に向き合っている黒田さんは眩しい存在であり
いつもすごいなあ、すばらしいなあと思ってきた
その気持ちはこのアルバムを聴いた今も変わらないし
自分に厳しく奏でられるひとつひとつの音が
彼女のものすごさを語っている
黒田さんにとって音楽とは
どんな存在なのか
生きている証、自分、そのものなんだろうか
めんどくさいとか、いい加減でいいやとか
そんなことを考えて弾いちゃったことはないんだろうか
もしかしたらあったのかもしれない
あんなこともそんなことも
すべてが自分であり、それが音楽だとしたら
それが黒田京子の世界なんだ
そう教えてくれたアルバムなんだと思う
途中でふっと流れた涙を
だめ、shezooちゃん、泣いたらだめ
そう諌められてアルバムは終わるんだけど
聴き終わった後に、なんともいえない嬉しい気持ちになる
追記:
「このアルバムは、私がピアノの無垢な響きを精一杯作り、音楽家・黒田京子が音を紡いだ記録である。」
黒田さんの活動に随所で携わってきた調律の辻さんは
ライナーノーツに、こう綴っている
音楽は決して夢の世界を演出するだけのものではなくて
人と人との思いを描くドキュメントであり
まさしく記録なんだ
あー黒田京子はやっぱりすごい
音楽が生まれるとき
すごく疲れる。
考えたいときに、頭の中で音が聞こえているとき、ちがう音楽が外でなっているとあたまが狂いそうになる。
そんな時は考えるのをやめる。
逆にやりたくない作業をしなければいけない時、例えば洗濯物をたたむ。私の中で何も生み出さないこの動作がとんでもなく苦痛だ。
だからその時はいつもトークかスポーツ中継のストリーミングを大音量でつけっぱなしにする。
頭の中で何もならないように何も考えないように頭を麻痺させるように、耳から音を入れて耳から出す。
作曲家にとって聴力を失うことは致命傷だという。
聞こえないことは致命傷なんだろうか。
私には聴力があるから、それがわからない。
でも頭の中で聞こえている音楽は
頭の中でなっているのだから
その音を楽譜に書き写す作業に聴力はいらない。
音を生む人のメカニズムとして
武満徹の言葉を思い出した。
「曲の題名が決まれば三分の二は書けた気になる。」
作曲は芸術であるのか
有元利夫の言葉を思い出した。
「芸術とは、内なる天賦の才能を爆発させるのではなく、郵便や夕刊が配達されるように、ひっそり待っていると訪れるもの」
普段の作曲の作業といえば、自分の中、または周りか近く、もしかしたらちょっと離れたところに川が流れていて、必要な水が決まったらそこへ汲みにいく。
そんな感じ。
水を汲みにいく労力と、どこにいけばいいかの判断に集中する時間を経て
やっぱり疲れる。
でも苦しくはない。
もっと苦しんで作曲しないと人に感動を与える音楽を生める日は遠いのかもしれない。
父の兄が死んだ。
ずっと容態が悪く、ひと月前には危篤だから会いにきてほしいと連絡があったらしい。
それでもいったんは持ち越して、落ち着いていた矢先のことだった。
叔父は兄弟の中でも父によく似ていた。足が不自由な父は自分が葬儀に参列するとかえって迷惑がかかるということで、ふるさとの山形に帰ることを断念した。父は普通に振る舞っていたし、夕飯の時にはいつものようにビールを飲んで、いつものように冗談を言ったりしていた。でもその実、心の中では何を考えていたのだろう。
そういえばこの間、実家近くの酒屋の看板おばあちゃんがいなくなっていることに気がついた。いったいいつからいなかったのか。心なしかその息子も白髪が増えて、ずいぶん年をとったように見える。建物も、周りの風景も変わらないのに、そこからは風景の中にとけ込んでいた、いるはずの人がいなくなっていた。
祖父母が早く亡くなった割には両親が未だ健在なわたしは、自分に近しい存在を失う経験がないといえばない。そんな言い訳をして、あまり真剣に考えたことがなかった。
命には終わりがくるのだから、いずれは順番が来て、世代が替わる。自分の記憶の中にいる人間が、ひとり、またひとりといなくなることを、年を重ねて生きながらえた人間は経験しなければいけないんだ。早く死にたくはないけれど、それって相当きついな。でも若くして命を落とした人たちの無念さを思えば、こんなわがままを言ったらばちがあたる。長く生きた分だけ、つらいことも経験しなきゃだめなんだろうと思う。
有名人の葬儀で「いずれ俺たちもそっちに行くからな」とか「先に行ったあいつと酒飲んでるか」みたいな言葉を送っているのはこういうことだったのか。
高齢になって動けなくなった犬やネコも、ろうそくが消えていくように自分の死期をじっと待っているように見えることがある。人もそんな風に、まわりの変化を受け入れながら、自分の寿命を知るのかもしれない。
人はなぜ生まれて死んでゆくのか。消耗品のようにわらわらとその循環を繰り返しながら歴史は続いてゆく。わかりそうでわからない、解けそうで解けない問題の答えが目の前に見えない壁を作ってそびえている。
山形へ行く。父の代わりといったって、代わりにはなれないんだけど。
ITの分野におけるインタラクションが流行っている。
人間とシステムの間で情報をやりとりすることから、おもしろいことが生まれるということらしい。
このニュースを聞いたとき、人工知能イライザのことを思い出した。
イライザは映画「マイフェアレディ」でオードリー・ ヘップバーンが演じる言葉に訛りのある女性の名前で、映画の中ではヒギンズ教授にその訛りを直される。この映画公開後に言語学者が作ったのが人工知能イライザで、相手が入力した文章にパターンを見つけてそれにふさわしい反応をするというもの。
イライザにはもちろん感情も思考もないのだけれど、いまどきの人間は相手の話を真剣に聞いてくれないのだろう、イライザが相手の文章に必ず反応をして質問をすることから、対する人間は真剣に答えてしまうのだという。
インタラクションとは「相互作用」あるいは「対話」のこと。
ようするに、人は、人と対話をするよりも、システムや人工知能とのコミュニケーションをとることを好む時代になったのかと思う。
元来なまけものだから、ライブやコンサートをずっとやらない時期があった。聴き手の見えないレコーディングは、どれだけその先を想定しても、その息づかいを感じ取ることはできない。
だから最近ライブを頻繁にやるようになって、改めて音楽が送り手と聴き手との間に存在する確固たるインタラクションの媒体であると感じる。音楽が時間に支配された表現方法であるとするならば、その時間を共有することによって、送り手と聴き手はまちがいなく互いに影響を及ぼし合うのだ。
でもそのインタラクティブな関係は、とてもクールで、決して強要されるものではない。同じ空間にいながらも、ひとりひとりが自分だけの時間に誰かと何かで影響し、される。
そんなことが誰もが知っていることだとしても、わたしはそれにやっと気づいた。
たとえiPhoneでしか音楽を聴かない人に、空気が振動して音が聞こえから大きなスピーカの前に行くと身体に音の波を感じるんだよ、と熱く語ったところで、そうなんだで会話は終わるだろう。
それは音楽に限ったことではないんだきっと。
人とのコミュニケーションも実際に会って話すよりメールやチャットの方が楽だったりする今。
あながちそれが感性の退化とか煽るべきではない。どうであれ、これだけの情報過多社会を作ったのも、それに疲れているのも、みんな人間なのだから。
だったらせめて、コミュ障の人に伝えたい。自宅警備もいいけど、ライブにはどこよりも思いっきり一人で自分の世界に浸れる瞬間がいっぱいあるんだ。
藤井さんは動物病院の入り口に近いベンチに座っていた
脇にはメッシュでできた軽くて便利そうなキャリーバック
卓球のネットでできているんですって
洗えちゃうし
インターネットでひいてみたらきっと出てきますよ
と教えてくれた
そしてその中にねこがいた
はたちを過ぎてるんですよ
21か、2かもしれない、16までノラだったからわからない
リンパ腫なんです
もう手術はできない、人間なら100歳越えてますから
気がついたらそばにいた
猫なんて飼ったこともないし、どうしていいのかわからなくて
聞いたらお腹がすいているからごはんをあげろっていわれても
えさが何かもわからなかったら
これって渡されたのを見たら固いつぶで
こんな固いものをたべるのかとびっくりしました
それまでは猫の存在を意識したこともなかったし
うちのまわりに猫がいることも
猫たちにごはんをあげたり世話をしたりする人たちがいることも
町内の清掃活動のとき猫が一緒に参加していることにも気づかなかった
それから家の中に引き取りました
定期的におこなっていた血液検査でもいつも問題がなくて
じぶんたちより長生きするものと思っていた
それが突然
リンパ腫がみつかった
どうなっていくんでしょう
少しずつ体重が落ちている
でもね、手は大事ですよ
この間、呼吸困難になったときも
何もできないからずっと手でさすっていたら少しずつおさまった
時々思うんです
1年のうち1日でいいから
犬やねこと話ができる日があったら
でもそれが英語か日本なのか、困りますね
おとぎばなしみたいですけど
どんなこねこだったのか
16年間どんな暮らしをしていたのか
今はあまり副作用の出ない薬をもらってます
楽になるように
いつまでかな
穏やかな時間を過ごせさせてあげられますかね
藤井さんの名前が呼ばれて
二人はキャリーを抱いて診察室に入って行った
両親と同年代の藤井さんは
山崎ナオコーラがいうところの
「年齢をかさねて諦めることが増える、つまりあきらめるの語源、明らかになることが増えた」
人達に見えた
あんな風に年をとれたらいいな
そうすればねこだって
気がついたらそばにいてくれるかもしれない
生き物はきっと
大小の違いはあれど
必ず使命を持って生まれてくるんだ
その使命がどんな時、だれに果たされるのか
本人も気づかないまま
あたりまえがあたりまえでなくなることを経験した私たちは
あたりまえの大切さを痛感したはずだった
でもまた、それがあたりまえになって
あたりまえの毎日が続くようになったら
それはまた、当然なんだから
有り難くなくなっちゃうのだ
まっくらやみのエンターテイメント
ダイアログインザダークに参加する
初めてのくらやみは
ただ見えないというだけで
ものすごい不安を覚えた
さっきまでと何も変わっていない
ここが日本であることも
今日が今日であることも
自分がDIDに参加していることだってみんなわかっている
そう思えた時、少し冷静になれて
眠っていた感覚が少しずつ働き始めた
そばにいる人の鼓動
いきなり触れたものにびっくりして
ちょっとした温度の変化や
漂う匂いからでも
少しでも多くの情報を得ようとする自分に気づく
なぜ「見た」ということだけで安心してしまうのだろう
人類が月に着陸した映像だって
もしかしたら地球のどこかで撮影したのかもしれないとか
湾岸戦争の爆撃戦だって
本当はCGなのかもしれないとか
いや、実際に「見た」と認識している現実ですらも
真実ではないのかもしれない
それよりもむしろ
暗闇の中、肌や気配で感じた記憶の方が
自分の確かな事実として記憶していける気がする
あたりまえの光の世界に戻るときには
入り口で渡された杖の存在が
必要なものではなかったことを知った
これが3回目となった今回は
はじめから妙に暗闇に慣れている自分がいた
暗闇があたりまえになってしまったから
それとも自分は経験者ですという見栄から
もっとひとつひとつの感覚をていねいに
人の眼を気にしないで
感じることを楽しめば良かったのに