むくのこと
むくは15年前、北千住の駅前で保護され、縁があってうちの子になった猫です。
ちょっとだけ亡くなるまでのことを書くことをお許しください。苦手な方はどうかスルーをしてくださいね。
以前、別の猫の通院について投稿した際、ペットの延命は飼い主のエゴであるというコメントをいただき、確かにそうなのかもしれないという思いも交錯しましたが、病気の情報を調べ、闘病記を読み漁った上で、できる限り痛みや苦しみを和らげてあげることが自分のできることかもしれないと考え、ガンの治療をしながら見守ることを決めました。
年を越せるかどうかという医師の言葉を裏切って、幸いガン細胞は年明けになくなり、7キロあった体重が少しずつ痩せていく中でも、腎臓の悪化で起こる吐き気を取ってあげるとカリッカリッといい音を立ててごはんを食べるむくは、毎日一生懸命生きていました。
でも私がやっていることがむくにとって本当はどうであるのか、自問自答の日々でした。
亡くなる前夜、口から出血があり、止血をせねばと救急病院に連絡をしたものの、もしかするともう静かに過ごしたいのかもしれないと戸惑っている時、なんとか歩けたむくが力強く自らキャリーに入っていく後ろ姿に自分の目を疑いました。
都合の良い身勝手な解釈とわかっていながらも、それはまるで「お母さんが病院に連れて行ってくれたことは間違っていないよ」と言っているように見えました。
むくは福々とした、人にも猫にもやさしい子。
うちにいる4匹の猫たちは15年間、大きな病気もせず、私たちに幸せな時間を与えてくれました。
それだけで感謝しなければいけないとわかっていても、日常に永遠は存在しないとわかっていても、むくだけは別、奇跡が起こるかもしれないと望んでしまう己のなんと傲慢なことか。
病気がわかった11月以来、できるだけ普通に振る舞うように努めたつもりですが、心はここにあらず、おかしな言動で色々な方にご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありません。
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