卑近であるということ
否定をされることが、自分のすべてではなくて、それも糸口に建設的に上昇するべきなんだよ。
でも、作曲をする人間にとって、音楽を否定されることは、全面的な自己否定に限りなく近い。
20代の時に言われた『あなたの音楽はだめな音楽』を自分はどうも引きずっているらしい。
どうしてそんなに卑屈なのと聴かれても、ダメな音楽をやっている以上、基本は提供した音楽を演奏して頂く、というすこし離れた関係性でプレイヤーと関わって来た気がする。
それでも音楽が限られた人間だけのものではないと信じて、シニフィアン・シニフィエやマタイのプロジェクトを立ち上げた矢先、ライブという同じ立ち位置にたっていながらも、いつも不安だったわたしに答えを出してくれた人がいる。
シズさんの音楽が、結果的にステージ上と客席に明らかな
ヒエラルキーを感じてしまったのは私だけでしょうか。
ありがとう。
そして、さよならわたし。さよなら。
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