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2013年3月23日 (土)

インタラクションツールとしての音楽vs人口知能

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ITの分野におけるインタラクションが流行っている。
人間とシステムの間で情報をやりとりすることから、おもしろいことが生まれるということらしい。

このニュースを聞いたとき、人工知能イライザのことを思い出した。
イライザは映画「マイフェアレディ」でオードリー・ ヘップバーンが演じる言葉に訛りのある女性の名前で、映画の中ではヒギンズ教授にその訛りを直される。この映画公開後に言語学者が作ったのが人工知能イライザで、相手が入力した文章にパターンを見つけてそれにふさわしい反応をするというもの。
イライザにはもちろん感情も思考もないのだけれど、いまどきの人間は相手の話を真剣に聞いてくれないのだろう、イライザが相手の文章に必ず反応をして質問をすることから、対する人間は真剣に答えてしまうのだという。

インタラクションとは「相互作用」あるいは「対話」のこと。
ようするに、人は、人と対話をするよりも、システムや人工知能とのコミュニケーションをとることを好む時代になったのかと思う。



元来なまけものだから、ライブやコンサートをずっとやらない時期があった。聴き手の見えないレコーディングは、どれだけその先を想定しても、その息づかいを感じ取ることはできない。
だから最近ライブを頻繁にやるようになって、改めて音楽が送り手と聴き手との間に存在する確固たるインタラクションの媒体であると感じる。音楽が時間に支配された表現方法であるとするならば、その時間を共有することによって、送り手と聴き手はまちがいなく互いに影響を及ぼし合うのだ。
でもそのインタラクティブな関係は、とてもクールで、決して強要されるものではない。同じ空間にいながらも、ひとりひとりが自分だけの時間に誰かと何かで影響し、される。
そんなことが誰もが知っていることだとしても、わたしはそれにやっと気づいた。




たとえiPhoneでしか音楽を聴かない人に、空気が振動して音が聞こえから大きなスピーカの前に行くと身体に音の波を感じるんだよ、と熱く語ったところで、そうなんだで会話は終わるだろう。
それは音楽に限ったことではないんだきっと。
人とのコミュニケーションも実際に会って話すよりメールやチャットの方が楽だったりする今。
あながちそれが感性の退化とか煽るべきではない。どうであれ、これだけの情報過多社会を作ったのも、それに疲れているのも、みんな人間なのだから。

だったらせめて、コミュ障の人に伝えたい。自宅警備もいいけど、ライブにはどこよりも思いっきり一人で自分の世界に浸れる瞬間がいっぱいあるんだ。


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