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2013年3月 4日 (月)

音楽の顔

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音楽は生きて行くのに必須のものではないし
なくたってすぐに死ぬわけでもない

でもお腹が空くのと同じように
ひとたび聴きたくなったら
いてもたってもいられなくなる

だから自分の聴きたい音楽が
家にいながらすぐに手に入る音楽配信は
受け手にとっては良いものなんだ

そもそも音楽の好みなんて千差万別なんだから
大量生産したものを民衆が買うシステムとは
受け手の選択肢が増えた今となっては
誰もが自分だけの1曲を手にしていいし
そうあるべきなんだと思う


何かと物議をかもすデジタルデータのやりとりは
時間に価値が求められる現代に不可欠なシステムである
ならば
音楽媒体の顔ともいうべきジャケットのヴィジュアルについても
切り離されて行くのか





何を買うでもなく
小学生になったわたしは
学校帰りに近所の商店街にあるレコード店に立ち寄っては
店内をウロウロしジャケットを引っ張り上げて行く

その頃はまだ試聴なんてできなかったし
お金も持っていなかったから
ただひたすらジャケットを見て歩くだけ

あの当時、こんな子供を許してくれていた下高井戸のオスカーは
すごい店だったと思う



大人になってからは
その頃の夢を果たすべく
相当な枚数をジャケ買いに費やした

ジャケ買いはあくまでも
聴きたい曲を購入する目的ではなくて
その絵の中に潜むものがどんな音楽であるのか
想像をして楽しむもの

あたりもあればはずれもある
要するに博打なんだ
そしてそのスリルを楽しんだんだから
たとえジャケットにだまされても文句はいえない




あの頃、いや今もその気持ちは変わらない
なぜあの四角いフィールドに描かれた世界に
心躍らされるのだろう

デザイナーというフィルターを通して描かれた音楽の世界が
いったいどんな音楽であるのかを想像してみる
きっとその時間こそが
この上なく楽しいのだ




これから先
すべての音楽が形を持たなくなったとしても
どうかジャケットがなくなりませんように

Trinite「prayer」のデザインを手掛けてくれた冨貫功一さんの個展を見ながら
今日ずっと考えていたこと





                               @ GALLERY SPEAK FOR
                               冨貫功一「Double A Side」

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