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2012年9月 8日 (土)

上野は上野〜表現の自由

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東京芸大の藝祭に行ってきた。
http://www.geidai.ac.jp/life/geisai/2012.html


まずは神輿。

嬉しいほど暑い中、上野公園の中央広場に次々と神輿が入ってくる。
当たり前だけど、作品のクオリティーは高いのだろうな。
たとえば、日本画の学生が創ったカエルの後ろ姿、ふんどしをしめたお尻となびく衣には思わずふへー。


結局大賞をとったのは、これまでの神輿にはなかった宇宙飛行士のフィギュアを宇宙に飛ばすという、アイディアが評価された建築の作品だった。

10年前から参加したというスポンサーからは「自分たちの参加以降に設立された科。最初は風船を持ってパレードに参加していた皆さんが、こんなにすばらしい神輿を創れるようになったのが嬉しい(実はエア神輿だったという話もちらほら)」という評価で、先端も受賞。
過去の作品を見れば、これまでの「神輿」という概念にとらわれていた考え方を、ヒンズー教の哲学に結びつけたことは、先端芸術科の意味が少しずつ浸透してきていることなのかもしれない。


気になったのは、TwitterのTLに、音環の学生が夏中制作に協力したのに先端の神輿としかの扱いになっていることへの発言があったこと。
他の音楽学部の生徒もそう思っているの?
確かに音環は他の音楽学部とは違う位置なのだろうな。
ピアノ科の生徒が、ハリボテののり付けを酷暑の中やっているとは間違いなく思えないから。





それにしても音楽棟は静かだ。(そもそも藝大自体がとってもお行儀がいいんのだけれど。)
ふだんはその辺で行儀悪く練習してる人たちって普通にいるのかな。
音楽は美術と違って、受け手がスイッチを入れなければ末端を届けることすらできないんだから、もっとゲリラみたいな人たちがわらわらいてもいいのに、と思ったり。


たくさんの才能や可能性、アートのフラグメンツと出会えた中、改めて、伝わらなければ表現媒体ではないと確認できた時間だった。





タブーの下にエネルギーが吹きだまるという、ミック板谷さんの言葉がぐるぐる。
11月2日からの多摩美の芸祭が、今からすごく楽しみになっている。
http://tau-geisai.com/theme.html

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