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2011年4月30日 (土)

洗濯物とわたし

全自動 洗濯物干し取り込み収納機があったら

どんなに高くても買う
洗濯は大嫌いだから

前回取り込んだ山から
着られる服を抜いて来たけれど
ストックが底を付いた

腱鞘炎の腕に
洗濯バサミのしごきは拷問だ


痛みに耐えかねて手を休めた
ふと目を落とすと

砂女が歩いている


追いかけなければ
不条理のこと、腱鞘炎のことを問いたださねば

急いで外に出ると
そこには誰もいない

あきらめて戻ろうと振り返った瞬間
目の前に砂女が立っていた


永遠な存在を信じてるの
ふふん

 形あるものはやがて朽ちる
 命あるものはいつか召されることなんて
 よくわかっています

日常があたりまえだとか
永遠だなんて奢っていたら
痛い目を見るのは自分なんだから


また腕を掴まれそうになったので
逃げた


逃げた


いつもそうやって逃げているのね
砂女の声が聞こえた


原美術館
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
やなぎみわ「砂女」

2011年4月28日 (木)

バラコーネに砂女が来た日

小森さんと別れた後
展示を見ようとカーテンで仕切られた部屋に入った


部屋は暗くて
よく見えない



何かの建物…

あれはなんだ
バラコーネ?



次の瞬間 

砂女は脇にたっていた


ようこそと手を差し伸べたら
老婆のような手が
私の右腕を掴んだ


祈ることしてるのね
ふふん

不条理なことが
たくさんあるわよ


翌朝
リアル右手が腱鞘炎になった




原美術館
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

やなぎみわ「砂女」
Photo


2011年4月17日 (日)

DiesIrae for God's Bones

作品が生まれるとき
いや 生まれる前
しばらくの間もやもやとしたものが自分のまわりを漂って
それが少しずつ音としての形をあらわしてくる

曲によって フレームを準備してから中を埋めて行くとき
数学の問題を解く作業も伴ってしまうけれど
問題を解いている最中も もやもやが漂って
もやもやしながら問題を解いて
自分の音を探していく


2011.4.16 Trinite
ライヴの予定はずいぶん早くに決まっていた
その間 今回の命題であった組曲『神々の骨』の中の最後の新曲
DiesIrae 日本語で「怒りの日」を書いていた

「怒りの日」はグレゴリオ聖歌で歌われていた一節で
キリストが過去を含めた全ての人間を地上に復活させ
その生前の行いを審判し 
天国と地獄とに振り分けるという内容で
モーツアルトやヴェルディのレクイエムに使い
それを映画やアニメの音楽として耳にすることも多い

この「怒りの日」を
わたしは自分の組曲すべてで作曲して行こうと決めている

まだTriniteというユニットではなかったものの
ひとつ目の組曲『Prayer~祈り~』を初めてのライブにかけたひと月前 
2001.9.11があった

その祈りは決して宗教的な意味ではなかったのに
多くの慈善団体から問い合わせが来た

「人間は弱い存在である。
先の見えないことに対して誰もが不安を抱く。
自ら犯した過ちに恐れる。
愛する者のため、その日と無事を願う。
そして人は祈る。
日々の何気ない行為として、生きている証として人は祈り続ける。」
当時こんなコメントを書いていた


紆余曲折がありながらも
休眠状態にあったトリニテを支えてくれた
inFでのライヴ当日
2010.3.22

大好きなねこ 
きゅうが亡くなった


何をやっているのかもわからないまま
日々仕事をしていたけれど
時間は流れて行く


何度も何度も「怒りの日」を書き直した

結局6曲書いて
それでも納得がいかなくて
昨日のライヴ当日の朝に書いたのが
「DiesIrae for God’s Bones」

わたしには
がんばろうと訴える音楽は書けない
ただ
想いが伝わるような音を作ることが
大切なんだと思う

もやもやの霧が晴れたとき
FlowerGarden
という言葉が
音と一緒に見えた


とても重かったり
難しい内容が多い私の曲を理解し
すばらしい作品にしてくれる
メンバーに
心から感謝します

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