音楽の正しい答え

「音楽に勝ち負けはあるのか」
この間の壷井さんとのライヴの後、そのことで盛り上がりました。
例えばソロの時においては、「強い(大きな音)」「早い」「長い」が勝ちパターンなんだそう。
これはあくまでも壷井さんの意見ではなくて、彼がこの世界(ってどこだよヲイヲイ)に入った当初、影響を受けた方から伝授されたとか。
へー、なるほど。
もしソロ回しだけでミュージシャンの資質を問われちゃうなら、私はダメダメだ。
「弱い(小さな音)」「もたもた」「長さはいい加減」
消えてしまいそう。
勝ち負けについてはそんなこんなで(o・ω・)ノ))
さて。
音楽に正解はあるのか?
聴く側にとっては問題にもならないはずだから、好きな音楽が全部正解です。
ロックやポップス、何でも良いです。
自己を表現するものであれば、それはそのまま正解になるはずです。
それでは、2次的な作り手は?
何を考えて作曲しているのだろう?
以前、服部隆之さんのドキュメントで、忙しい彼は音を確認することなく、サクサクと五線紙に♪を書いては写譜屋(手書きの楽譜をスコアやパート譜に書き直してくれる職業)にファックスして仕事をこなすという偉業を見た時、その環境であれだけすばらしい作品を作るということに言葉を失いました。
ここでも自分、ダメじゃん。
ひとつの仕事が来たら、自分のフィルターを通した作品がでてくるまで、何回でも演奏したり聴いたりを繰り返します。
だから、本当にフットワークが悪い。
量が増えれば増えるだけ、時間がかかってしまう。
だって、時間の経過によって感じ方は確実に違ってくる。(注釈*私はです。)
だから、音楽をひな形とかルーティンの作業にはしたくない。
依頼してくれる人たちの気持ちを考えたら、そこに沢山の思いがあって音楽の必要があった訳であり、私に作ってほしいと選択してくれたことをとても大切にせずにはいられなかったりするから。
私たちは毎日、どのフレーズがどうとか、リズムがなんタラと騒いでいるけれど、みんなにとっての音楽ってなんなのだろう。
沢山の人が耳にイヤホンをしているということは、自分だけの世界に浸りたいということに加えて、他の雑音を聴きたくないということもあるのかもしれないのかな。
音楽の正しい答え。
今を楽しくさせてくれる存在であり、背中を押してくれるスイッチであり、過去を思い起こさせてくれる存在であり、なくてはならない存在。
ある時には、決して聴きたくない存在でもあるかもしれない。
答えを問う前に、作り手は、その先にいるであろう沢山の聞き手の前にいる、もうひとつの聞き手に向かって音を伝えていくことにしましょう。
音楽を、頭で書くのではなく、心で書くことができますように。
