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2009年1月20日 (火)

サクサク曲作る人にはなれない。

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とにかく〆切12時間切ったぞと理解していながら、色々な音いじっている中、ふと行き詰まった瞬間。

昨日のライヴで演奏した壷井さんの「First Greeting」。
ずーっと頭とか右足とか左肩とか、どこかでグルーヴしている。

充実したライヴの後はいつもそう。
新たな作品を作らねばいけないのに、めちゃくちゃひっかかってきて、ずっと残るのだ。

本来ならばとっても嬉しいことなのに、影響力が大きすぎて別の生まれつつあるアイディアに重しをしてくれるのだからどうしよう。これが、書くことが忙しくなると思うとライヴのブッキングを入れたくない理由だとつくづく知らされる。


あ。

以下に描く内容は、勝手なshezooの妄想です。
特に壷井さんのファンの方はてきとうに読み飛ばしてください。


「First Greeting」の設定は4/5と書かれています。
その入り口について。
3+2のリズムとそれにふさわしいとしか思えないコードがつけられている。
このグルーヴがトラデショナルな踊りのステップにあった気がする。
1小節に→123. 12

それからリズムは2小節単位で→3拍子×3回+1拍になる。
そして3小節の中に→3拍子×5回で収まる。

実は最後の3×5にトラップが仕掛けられている。
×4〜5にかけては
「面白いように皆さんドサドサ引っかかる」
らしい。
もちろん私も思いっきりトラップ踏んで心地よし。


で。
何が言いたいのかというと、楽譜をぱっと見で、誰にでも正しく演奏してもらうためには、トラップを踏まないようにグルーヴを拍で割った小節で譜面を作れば良い。

むう。これだけでもわからないですよね。

たとえば、5つのリンゴが入る箱に、3個入と2個入の袋がはいっているとします。
今度は箱3つ(全部で15個のリンゴがはいる)にリンゴを入れる時、↑のように3個と2個の袋が3つあれば簡単に分けられるけれど、たまたま3個入の袋しかなかった。
そこで3個入の袋にリンゴを詰めて、箱同士またがせて入れるみたいなことでしょうか。
なおかつ、箱1にはまたぐリンゴ2個、箱2には箱1とまたぐ1個に加え箱3とまたぐリンゴ1個が入っているところがとっさの判断を鈍らせるのです。

でも、↑には確固たる意味がありました。フレーズとかアーティキュレーションとかも踏まえ、作曲者の意図はとてもよく伝わってきたのだから、この曲の譜割はこうでしかないといたく感動したのであります。


そんな中。記憶がよみがえってきました。
今考えれば、ジャズが4拍子基本の概念によるのかなと思いつつ…。
以前、変拍子が小節をまたぐ意味を感じない、譜面がわかりづらいと言われていたことがあって、ずーっと悩んでいたけれど、自分の中のグルーヴとしては必然性があって、結局書き換えなかった経緯があります。

リズムは、ただ正確に刻むだけが良いのではないはずだし、小節線の大切さを改めて感じています。
拍子と小節は絶対に一致しなくてよい。
そんなこと、ずっと前にわかっていたつもりなのに、「First Greeting」はその美しさとともに、私のモヤモヤした心に爽やかな風を運んでくれました(わはは)。


これまでの記憶が残り、新たに何かを感じられますように。
そして今の私は音に気持ちを注ぎましょう。

2009年1月14日 (水)

「願いに変わりはないのにそれぞれを隔てる言葉」についての考察

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前回のブログ「象のいる星」を書くにあたり、なぜか気になっている事がある。それが妙に残っていて、今も自分の中で燻っている。

たぶん、ビッグイシューとホームレスの事を調べている時に遭遇したホームレスに関わる2つの文がそれだ。


「ビッグイシューは、ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業です。」

「私たちは、ホームレス状態にある方たちへの法的支援を行うために、結成されたグループです。」

どちらも、ホームレスの人々の力になりたいと活動している貴重な存在であることは紛れもない事実として理解できた。

でも、何かが引っかかる。

何度も読み返してみると、前者が「応援」している事業であり、後者は「支援」している団体だということがわかった。
両者の間には、本当に違いがないのだろうか。


意味を調べてみる。

「応援」 力を貸して助けること。
「支援」 力を貸して助けること。

あれ?同じじゃないか。


別の辞書で更に調べてみる。

「応援」 他人の手助けをすること。
「支援」 他人を支え助けること。 

少し違いが出て来た。

「手助け」と「支え助ける」

大きな違いは感じられない。


類語を調べてみる。

「応援」 支援、声援、後援。
「支援」 応援、援助、後援。

何だ、お互いの言葉も含まれている。


唯一の違いを検証する。

「応援」→「声援」声をかけて元気づかせること。
「支援」→「援助」困っている人に力を貸すこと。


ここで明らかに道が分かれてきた。

運動会で仲間にするのは「応援」であり「支援」ではない。だから、声をかける。
困っている被災者にするのは、往々にして「支援」といわれており「応援」とは表現されない。でももしかすると「応援」しても良いのではないか。
限りなく同義ではあるのに、私にとって「応援」する側とされる側、「支援」する側とされる側の立場の違いが、この二つの言葉の持つ微妙なニュアンスを、居心地悪く感じていたのかもしれない。

現状は、支援する人たちが自分の立場はされる人とは別などと思っていないし、ましてや施しているなんて、これっぽっちも思っていないことはよくわかる。しかも現場の人たちがどれほど骨身を削って日々努力されているのか、我々の想像を遥かに越えるハードなものであるに違いない。

それなのに、なぜ私は違和感を感じてしまったのか。

さらにうがった見方をすれば、前出の「手助け」と「支え助ける」だって、できない相手を助けてやってる的な意味合いを感じなくもないのだ。


言葉って難しい。

2009年1月 1日 (木)

すてきな一年になりますように

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LIVE
壷井彰久(vn)♪shezoo(p)


1月17日(土) @in F (インエフ)
start  8:00pm
charge ¥2,800

練馬区東大泉3-4-19津田ビル3F
03-3925-6967
西武池袋線「大泉学園」北口下車5分

同時にいくつもの音を出せる楽器が慣れっこになっている人間にとって、基本が単旋律という世界は魅力です。


ま、壷井さんは多旋律よりも深い構造で成り立っているに違いないので、もっと魅力的ですけれど。

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