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2008年9月 1日 (月)

語る指先

語る指先
高校に入学した年の夏、私はミュンヘンの音楽大学を受験し直した。
ドイツで学ぶ気持ちがあるのならば、1日も早い方がいいとローズル・シュミット教授が勧めてくれたからだ。


最初の1年、ピアノのレッスンといえばバルトークのミクロコスモスとバッハの平均律しか弾かせてもらえなかった。
譜読みが難しい上に、それを全部暗譜しろという。
今となれば、その意図は嫌というほど理解できるものの、当時の私には拷問に他ならない。


ただでさえ憂鬱なレッスンに、拍車をかける出来事があった。


彼女は午前中でレッスンを終わらせる方針らしく、私のレッスンは朝7時45分からだった。
夢気分でうつらうつらしていた朝、電話のベルに起こされると「Shiiii-zuuuuuuu〜&\xAD堯腆亞─Α\xA6#!!!!!!」
ものすごい怒濤の叫びが受話器の向こうから押し寄せて来た。


しまった、今日はピアノの日だ!
髪は寝起きのまま、とりあえず着替え、楽譜を手に必死に走った。

ミュンヘン音大は、かつてヒットラーが指令本部に使っていた大理石の建物で、中央に大階段、2階3階は回廊になっている。
転がる様に走り込んだ私を待っていたのは、入口からは対面に位置する3階の部屋の前に仁王立ちになっている彼女の姿と学校中に響き渡る彼女の叫び声だった。

天上が高い建物ゆえに、できればエレベーターを使いたい。またはショートカットの中央階段で上がりたい。
でも、彼女の手前それもできずに、ゼイゼイいいながら3階まで一挙に階段を駆け上がる。

もうあの日は、何をどう弾いたのか全く覚えていない。レッスン前までの一連の出来事だけが、鮮明に脳裏に焼き付いている。


そんな彼女は、本科の終了を待たずに持病の心臓疾患で亡くなった。その事実をわかっていた上で、彼女は早い渡独を促してくれたのかもしれない。


「指点字」というものをご存知だろうか。
ろう盲者であるバリアフリー研究者の福島智さんのお母様が発明したコミュニケーションの方法である。

彼の目と耳が使えなくなってから、普段はお母様が点字機を使って説明していた。
ある時、点字機のない台所でとっさに質問された彼女は、息子の指に自分の指で点字を打ってみた所、理解できたことから広く使われるようになったのだという。

ろう盲者の場合、コミュニケーションをとる手段が極めて限られている。
この「指点字」ならば、紙の無機質な感触と違って、人の温もりさえ感じられる大変優れた手段に違いない。

福島さんの文章『バリアフリー「酸欠の心」に風送ろう』に
『コミュニケーションは「心の酸素」』
であり
『コミュニケーションが不足 すれば、心は「窒息する」』
とある。
http://www.bfp.rcast.u-tokyo.ac.jp/fukusima/2001c01.htm

視覚も聴覚も失った18歳の時、コミュニケーションの断絶を体験し、再び取り戻した彼が確信したのは
『本当につらいのは「見えない、聞こえない」ことではなく、他者との心の交流が消えること』

福島さんが自分自身の置かれた境遇を「人生の中で何かの意味があるのだと思う込むようにした。生きているだけで人生の90%は成功したようなものだから。」と言い放つことができるのも、そんな経緯があってのことなのかと感じる。


たかが指先、されど目にも耳にも匹敵する大きな可能性があったのか。

「シズ、あなたはピアノを弾いている。それでは人には伝わらない、音楽は語るものだから。ピアノという楽器で伝えたいのならば、指の先で鍵盤に語りなさい。」
ローズルはいつもそう言っていた。

「指点字」、そんなことを思い出させてくれた。

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コメント

生き方が問われています。
何もしないままの人生か?
一歩踏み出す人生か?
誰だって無為に過ごす人生は送りたくないものです。
さて、私はどうなのだろうか?

〉Sweeperさん

どうもそんなことを考える事象は、よいホルモンも促すらしいので、ご一緒によろしく(・∀・)ξ

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